東北大学総合学術博物館 ミニ標本案内 vol.2 シクロメドューサ・ダビディ

植物でもない 動物でもない? ――― 「シクロメドューサ・ダビディ」(Cyclomedusa davidi)

先カンブリア時代(ヴェンド紀、約6億2000万年前~ 5億5000万年前)
オーストラリア、フリンダース山脈 エディアカラ

木の切り株?クラゲが押しつぶされた?
この化石、皆さんには何に見えるでしょうか。先カンブリア時代末には、現在からは想像もつかないような様々なかたちの生物が存在していました。
オーストラリア南部のフリンダース山脈にあるエディアカラ丘陵から、この標本のような、とても独特な形をした化石が多く見つかっています。
これらの中には、クラゲが押しつぶされたような化石もあるため、当初は多細胞動物の直接の祖先と考えられ(Sprigg, 1947)、「エディアカラ動物群」と名づけられました。
しかし、いくら探してみても、動物にあるべき器官(たとえば、食べ物を食べるための口など)が見あたらないことから、 現在の動物とはまったく違う生物だったのではないかと考える 研究者もいます(Seilacher, 1989)。
東北大学総合学術博物館には、この写真の標本も加えて、全部で70点以上のエディアカラ化石の本物が展示・収蔵されています。これらの標本の多くは、1988年、東北大学理学部地圏環境科学教室の4年生巡検の際に採集してきたものです。これだけの数のエディアカラ化石標本は、日本では他にないかもしれません。
ペラペラでフニャフニャ
エディアカラ化石群に属する生き物たちは、主にどのような姿をしていたのでしょうか。それらの生物の多くは、厚さ2~3mmの非常に薄い海藻のような姿で動くこともできず、海底に横たわったり、くっついていたり、堆積物中に埋もれていたりしていたようです(Seilacher,1997)。
その構造をよく調べてみた結果、細胞の中がエアーマットのような細長い筒状の部屋(キルト構造)に細かく分かれていたのではないかと考えられています(Seilacher, 1989)。大きいものは1メートルに達するものもあり、世界中のあちこちの海に存在していたようです。しかし、カンブリア紀の急激な生物進化(生物大爆発)以前に絶滅してしまい、現在には類縁関係をもつ生物はいないと考えられています。
ところで、そんなフニャフニャの生物がどうしてきれいな化石になって残っているのだろうと思いませんか?エディアカラ化石群のほとんどは生物本体の化石ではありません。堆積物に押されたハンコ(印象化石や生痕化石)として残されているものです。
当時の海底には、砂や泥をかき乱す硬い組織をもった生物がほとんどいませんでした。その結果、細菌などで作られたバイオマットが海底をおおい、堆積物上の印象化石が柔らかく守られたということのようです。
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植物でもない 動物でもない
皆さんは、生物を大まかに分類するとしたらどのように分類しますか?多くの人は「植物と動物」と答えるのではないでしょうか。このように、生物を「動き食べるもの=動物」「動物ではないもの=植物」と分類する方法(二界説)は、今世紀の初めまで用いられることがありました。
しかし、顕微鏡や観察技術の発達などにより、二界説では説明できない状況がたくさんわかってきました。現在では、生物を5つに分類(モネラ界、原生生物界、植物界、菌界、動物界)する五界説が代表的になっています(Whittaker, 1969)。
この分類によれば、キノコは菌界に属し、植物ではありません。昆布やワカメは原生生物界に属します。バクテリアなど原核細胞で構成されるのがモネラ界。私たちの日常の感覚からはズレるように感じますが、体の構造や栄養のとり方などにより分類されるとこうなるのです。
そして、エディアカラ化石群の生物たちは、現在の生物のどれにも属さない特徴をもっていました。その後絶滅してしまいましたが、この時代(ヴェンド紀)にしか存在しない、植物でも動物でもない生物をくくる分類として、ドイツのザイラッハー博士により、ヴェンドビオタ界と名づけられました(Seilacher,1992)。
大型生物は存在しないであろうと思われていた時代に、これまで私たちが全く知らなかった大型生物が栄えていたのではないかと考えられるようになったのです。
進化のコンテスト
地球上の生物は、急激な気候変動や小天体の衝突などの、地球的規模の絶滅危機を何度も乗り越えて現在に受け継がれてきています。その危機を乗り越えても、環境に対応できなかったり、外敵から身を守ることができなければ、そこで「進化のコンテスト」からは脱落していくことになります。
今までに様々な種類の生物が発生し、絶滅していきました。何らかの理由で絶滅してしまったエディアカラ化石群の生物たちが生き延びていたら?そのことがきっかけで、現在の生態系は大きく変わっていたでしょう。もしかしたら、動物は存在しなかったかもしれません。いや、私たちの考える「動物」や「植物」という枠を大きく超えて、動き回る知的生物としての「植物」、まったく動かない「動物」というのもありえるかもしれません。静かなうっそうとした世界・・・そこには、争いごとなど何もないかもしれませんね。
そして、今も進化のコンテストは続いているのです。

展示室内の標本の位置

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