平成15年度公開講座
「チベット探訪」
今年度の総合学術博物館公開講座は、仙台市博物館にて開催された企画展「東北大学総合学術博物館のすべてI はるかなる憧れ チベット」の関連行事として、「チベットの探訪」と題して,2004年1月17日、24日、31日、2月7日、21日の全5回のシリーズとして開催されました。
毎回多くの市民の皆様のご参加をいただき、講演会の参加者ののべ人数はおよそ1,000名となりました。全5回の講座をすべて受講された方には修了証が授与されました。
今回の講座では募集人数を大幅に上まわる申し込みをいただき、一部の方々にはご迷惑をおかけすることとなりましたことを深くお詫び申し上げます。開催されました5つの講演について内容を紹介します。
第1回「チベットの仏教文化と河口慧海」(仙台市博物館ホール)
高野山大学 奥山直司教授(仏教文化論)
講師の奥山直司さんは、東北大学文学部のご出身で、東北大学文学部助手時代(1986年)に、東北大学日中友好西蔵学術登山隊の学術班の人文班(班長色川大吉氏)に一員として参加されて以来、幾度となくチベット、インド、ネパールなどに調査に行かれています。
昨年は「評伝 河口慧海」(中央公論社)を刊行され、慧海研究の第一人者です。
この講演では、慧海の生い立ちと仏教者としての目覚め、慧海の2回、通算17年にわたるチベットへの旅において、慧海は何を求め、どのようにしてチベットに入ったのか、慧海が数々の困難を乗り越えて足を踏み入れた「禁断の国」チベットは、当時どのような文化的・政治的状況にあったのか、そして彼が収集した東北大学所蔵の「河口コレクション」とはどのような特色を有するのか、などについて、資料にもとづいて話されました。
また、ご自身のネパールでの調査をふまえ、謎となっていたネパールからチベットへの慧海の旅のルートについての仮説を紹介されました。
講習室でのテレビでの聴講を含め、240名の市民が参加されました。
第2回「ヒマラヤとチベットの花々」(仙台市福祉プラザ・プラザホール)
東京大学総合研究博物館 大場秀章教授(植物分類学)
河口慧海は2度目のチベット旅行を行った1914年に植物採集をしました。
はじめてヒマラヤやチベットの花々に接したとき、慧海はどのような印象をもっただろうか。また、地域自然との関連が深いといわれているチベット仏教との関連をどのように考えのだろうか。
大場秀章さんは植物学者の立場から、こうした疑問を解くために、ヒマラヤとチベットの花々とそれを育む自然について紹介されました。
ヒマラヤやチベット高原のお花畑に咲く花々、雪解け水に頼る植物たち、ヒマラヤ、ネパールとチベットの植物相の似た点とちがった点など、ヒマラヤ・チベットに産する多くの植物について、美しく豊富な写真で示されました。
仙台市福祉プラザのプラザホールが満席となる、158名の方々が聴講されました。
第3回「慧海の見たチベットの医療と薬」(仙台市博物館ホール)
金沢大学薬学部 御影雅幸教授(生薬学)
慧海師の『チベット旅行記』の中には医薬学に関する記載が数多くあります。講師の御影雅幸さんは、『チベット旅行記』を読み返し、医薬に関するすべての記事を抜き出して、考察されました。
医薬に関する記事内容は大きく3種:(1)慧海師自身への施術、(2)他人への施術、(3)医薬に関する見聞録、に区分できます。
師自身への医薬品の使用は、多くは旅行中における気付け、防寒および打撲に対するもので、日本から持参した内服薬「宝丹」、外用薬の「カンプラチンキ」と「丁子油」、鍼灸道具などであること、慧海師が他人に施した医療は多様で、ネパール滞在中は日本から持参したりインドのカルカッタで貰ったりして携行したものですが、長期間滞在したラサにおいては中国人が経営する漢方薬店で購入したものであったこと、チベットの当時の庶民は病気の治療には迷信的な手法を第一にとり、医薬品に頼るのはその後であるということ、などについて、たくさんのスライドや医薬品の実物を交えて楽しく説明されました。
この日は、191名の参加がありました。
第4回「チベットと私」(宮城県美術館講堂)
夢枕 獏 氏(作家)
講師の夢枕 獏さんは、「陰陽師」で有名ですが、23才の時すでにネパールヒマラヤにトレッキングにいかれるなど、アウトドアでの活動も多彩です。
「西蔵回廊」、「神々の山嶺」など、ヒマラヤ、チベット、釈迦などに関連した著作も多く、「西蔵回廊-カイラス巡礼-」は、慧海の足跡を夢枕さん自らがたどり、聖地カイラスに旅して書かれたものです。
講演では、夢枕流の語り口で彼の慧海像を紹介しながら、ヒマラヤ・チベットについての思いを、263名の聴衆に向けて熱く語られました。
~パネルディスカッション 「慧海の旅とチベット」~
夢枕さんの講演終了後、引き続き表記のパネルディスカッションが行われました。
話題提供は、夢枕さん、第1回の講師の奥山さんに加えて、富山医科薬科大学助教授の小松かつ子さん(生薬学、薬用植物学、比較民族薬物学)と宮城大学助手(市民代表?)の田代久美さん(建築学、子どもの創造性教育)、司会は鈴木三男総合学術博物館館長でした。
小松さんは「はるかなる憧憬 チベット」展入り口にかざられたポタラ宮の美しい写真の撮影者です。
田代さんは最近ラサに旅されましたが、当日はチベットの民族服姿で参加されました。
みなさんが共通して体験された高山病に悩まされた話や、チベットの風土とそこに住む人々の暮らしへの感想などが話題となりました。
また、小松さんのポタラ宮の写真は高山病で入院したからこそ撮れたこと、田代さんが独自のルートでラサに入り、デプン寺の大タンカ開帳参賀を果たした顛末、夢枕さんが河口慧海とシャーロックホームズが登場する小説を構想されていることなど、鈴木館長の軽妙な司会のもと話題は次々に広がり、会場は大いに盛り上がりました。
第5回「河口慧海コレクションの美術工芸品」(仙台市博物館ホール)
東北大学文学研究科 有賀祥隆教授(東洋・日本美術史)
講師の有賀祥隆さんは、「河口慧海チベットコレクション」を所蔵・保管する東北大学文学研究科東洋日本美術史講座の教授です。
この講演では、慧海のチベット請来品に関する諸資料、東北大学所蔵河口コレクションの内容、日本とチベットの仏様の尊格分類法の相違などについて紹介されたあと、企画展に展示された如来、菩薩、守護尊・憤怒尊、女性尊やマンダラ、サッチャ、護符などについて、1点1点写真を示しながら解説されました。
参加者は199名でした。