第5回 公開講演会
「サンゴ礁における多種共存のからくり-棲み場所をめぐる生物たちのかかわり-」
講演者:
西平守孝(東北大学大学院生命科学研究科教授)
開催日:2002年10月26日
サンゴ礁は種が豊富な生態系
サンゴ礁は多様な生物が棲む、生産力の高い生態系と考えられています。生物が生存し、生物群集が存在し続けるためには、安定した棲み場所と餌が必要です。
生物は種によってそれぞれ生活要求が異なり、棲み場所の好みもそれぞれに違っています。餌の重要性はよく知られていることですから、ここでは棲み場所に焦点を合わせて考えてみます。
同じ大きさの空間を比べれば、複雑でさまざまな棲み場所のある場所はそうでない場所に比べて生物の種類が多く、また容量の大きい棲み場所には生物量が多いことはよく目にすることです。
その場所に棲む生物そのものが、棲み場所の多様性を作り出す大きな役割りを果たしています。
生物が棲み場所を形成する
森林と裸地を比べてみれば明かですが、さまざまな棲み場所の多くは生物たちの働きによって作られます。
サンゴの周りには色とりどりの魚が群れ、枝の間には小さな動物たちが棲み、死んだサンゴの骨の上にもまた別の生物が棲み、骨の中に穴を開けて棲む生物もいます。
このように、サンゴはさまざまな生物に自らの体を棲み場所として「提供」しています。
藻食性の魚やウニや貝類などが藻類を食べる際に岩やサンゴをかじり、シャコガイやホシムシなどの穿孔動物が岩や骨に穴を穿ちます。
このように生物は基盤や他の生物の体の表面や内部をさまざまに加工し、あらたな棲み場所を「創出」します。
また、サンゴの茂みの中は暗く、沈殿物がたまりやすくなって、周りのサンゴのない場所とは条件が異なります。なわばりを持つスズメダイは他個体や他の藻食性動物のなわばりへの侵入を防ぎ、なわばり内に糸状の藻類を栽培して、周辺部とは異なる条件に保ちます。
生物はそこに存在することによって、あるいは絶え間ない活動によって、周辺とは異なる棲み場所を「条件付け」ています。生物による棲み場所の提供、創出、条件付けの3つの過程は、全ての生態系で常に見られます。
棲み込み連鎖
生物のいない場所でも、生物が棲み始めると同時に棲み場所の形成が始まります。続いて棲み込む生物もまた異なる棲み場所を形成します。
そこにまた新たな生物が棲み込むというように、棲み場所の形成と棲み込みが連鎖的に進行します。
生物群集は、このような「棲み込み連鎖」によって発達し、その場所に棲息する生物の種を増加させ、その生物群集が維持されます。全ての生物は多かれ少なかれ棲み場所の形成に関わりますが、なかでも特に重要な役割を果たすのは基盤上に大きな立体的構造を作り出す大型の固着性の生物です。森や林の樹木を見ればすぐに理解できます。
サンゴ礁域の岩礁ではサンゴや大型褐藻類、砂泥地では海草類、また河口域ではマングローブがそのような生物で、棲み込み連鎖が進行してそれぞれに特徴的な生物群集が形成され、景観が維持されています。
マイクロアトールはサンゴ礁のモデル
棲み込み連鎖による群集の発達過程を一個の生物の体の上でも見ることが出来ます。
サンゴ礁の浅瀬に生育するハマサンゴは、成長に伴って群体の上部が干潮線に達すると干出する部分は死亡し、その後は肥大成長するだけで頂上部が死んだ樽状のマイクロアトールになります。
マイクロアトールは成長し、その石灰質の巨大な骨格の側部表面のみが生きており、頂上の干出部分は骨がむき出しで、サンゴ礁のミニチュアともいえる性質を備えています。
骨がむき出しになった上部には藻類が生育し、固着動物が着生し、穿孔動物が穴を穿ち、藻食性の動物が藻類と共に骨をかじります。
やがて他のサンゴも着生するようになります。
さらにこれらの生物が形成する棲み場所に魚や有孔虫をはじめさまざまな生物が棲み込みます。
マイクロアトールは時間と共に大きくなり、上部の表面構造が複雑になり、少なく見積もっても数百種以上の生物が棲むと考えられます。これらは棲み込み連鎖の進行に他なりません。森林の一本の樹木の上でも同じようなことが起こっています。
種の保後は群集の保全と共に
このように、棲み場所をめぐる生物たちのかかわりあいから生物群集の成り立ちをみると、サンゴ、海草、藻類、それに樹木などの大型固着性生物の重要性が理解できます。
それぞれの環境に適したこれらの生物が生育し、美しい景観を作り出すばかりでなく、多くの生物の生存を支えています。
種の保護や環境保全には、このような生物群集の保全が理にかなった方法で行われることがなによりも大切です。それぞれの環境に即した滞りない棲み込み連鎖の進行を保証することが必要と考えられます。